目が覚めていたことに気づいた。  瞬きをして。  見慣れた天井の配管を見上げている。  ぶん、と視界が揺れた。配管のそこら中に浮いている錆や液漏れの縞模様、パッキン代わりにねじ込んだボロ切れ。見慣れたように、あった。  視界の隅、ぎりぎり切れかかった端に数字が明滅したと思ったら、消えていた。 「2.24?」 「目が覚めたようね」声がした。これも天井と同じようにとても聞き慣れた声。  ゆっくりと声のした方に視界を動かしていく。顔を向けているのだろうが、まだ自分自身が上手く固定できていないような感じだった。 「気分はどう、ネオ?」そう、老婆が言った。  手入れのされていない半白の髪。まるで絡み合ったバネのようだ。  その髪の下の柔和な笑顔の視線と、眼があった。そう、彼女は。 「ずいぶん時間をかけたのよ。もう失敗している余裕がないから」 「手遅れかもしれんがね」別の声が言った。  ぶん、また視界が揺れる。とたんに老婆の姿がモザイクに滲む。が、すぐにまるで潮が引くように視界の下から元に戻ってくる。  その奧にもうひとりこちらを見ている。 「スミス!」彼の名を叫んでいた。上体を一気に起こしたせいで視界が大きく跳ねた。  めまいを起こしたように視野が霞んだ。  ブラックアウト寸前で視界が戻る。  白色の鈍い灯りを放つプラパネルで覆われた無機質な天井。その視野の中に、”予言者”がのぞき込む。 「急に起きるからよ。今はまだ完全じゃないんだから」 「今はまだ?完全じゃない?」  首をねじると、彼女の横にスミスが立っていた。いつものまったく特徴のないスーツにサングラス。 「何故スミスがここにいる? そもそもこれはどういう……」 「あなたは再生されたの。」 「再生というよりは復元だな」スミスがベッドの脇に来ると、俺の手を取った。親指と人差し指で掌をつまむようにして持ち上げる。患者用の上着の袖がずり落ちて、腕があらわになった。  ブロックのイズが一瞬、その腕を走った。その腕を振ってスミスの指から逃れると、ゆっくりと上体を起こす。ゆっくりと体を回転させ、両足をベッドの脇にたらして自分の姿をあらためて確認する。素足にオレンジ色のビニールスリッパ。 「いったいいつだ?」声に出したのかどうか、答えは間髪を入れないものだった。 「あれから」 「条件がある」  この言葉に、スミスが予言者の方に顔を向けて微笑みを浮かべた。 「ほら、私の言ったとおりだろ」 「スミス、その言い方は直さなくてはダメよ。あなたの言ったことぐらい誰にでも予言できるのだから」  予言者はスミスに軽く指を振ってからレオに向き直る。いつの間にか両手の指先でキャンデーの包み紙を開いている。 「食べる?」 「条件がある」レオがもう一度言った。 「ああ、それなら聞かなくてもわかると思うわ」  銀色に照明を反射する包み紙の中から珈琲色の小さなキャンデーを取り出すとゆっくりと口へ運ぶ。  しばらくその味を楽しむかのようにほっぺたの左右を膨らませていたが、両の掌で丸めた包み紙を、右の人差し指の先にのせたと思うと、ふっろいきを吹きかける。一瞬にして包み紙が消えた。 「彼女」 「ハン!なんてまぁ、単純な。そもそも彼女の再生を願うなんてあまりに単純、あまりに」予言者の言葉の途中でスミスが一声鼻を鳴らすようにして、声高に言いつのった。  だが、それは次の瞬間に否応なく閉ざされた。 「スミス、いい加減黙りなさい。自分の分というものをわきまえられるようになったのじゃなかったかしら?」   「……イエス、マム。それでは私は機械の方の調子を見てきます」 「それはいいわ。お願いね」 ------------------------------------------------ また断片。 -------------------------------------------------  再び目覚めた時、また懐かしい感覚に襲われた。  てっきり見責めはあの繭、粘つく黄褐色の液体が充満したあの子宮かと思っていた。  だが違っていた。  薄暗い中に警告灯の瞬き。剥き出しの肋材にいかにも手作りとわかるパッキン。へこんだり傷が付いたりがついたりする補修の後だらけの壁。  体にぴったりフィットしたベッドだったものが、足元が下がり背中が立ち上がって来るにつれて、座席へと変化していく。せり上がってくるひじかけに両手がうまく載っている。  目の前にまさに見慣れたコックピットが広がる。ワイヤーやケーブルがのたくった床に薄汚れた操縦席。いくつものディスプレイが並んだ可動式のサブコンソール。今もまさにあの見慣れた緑色のキャラクターが流れている。  その向こう、無骨な鋲もそのままの窓枠の向こうは真っ黒で何もない。  枕だったものがヘッドレストになり、心地よいリクライニングの姿勢になったところで動きが止まった。  かつての記憶どおり、体は固定したまま、じっとしている。  頭上でメカニカルな作動音。ちらりと視線を上げると、天井から複数のアームが背後に伸びてきているようだった。こつん、という軽い振動。メインコネクター端子が脊椎プラグから引き抜かれた。コネクターニードルを清掃する除菌気体が吹き付けられる音が耳に心地よい。首筋であの冷気を感じる。  かつてはクルーの手で抜かれていたのだが、今は無人化されていることに関心もし、ふと寂しくもあった。  体は動かせるようになったはずだが、まだそのままでいる。僅かに首をかしげて見たが、人影はない。 「もう動いても大丈夫でしょ」 「見た目は前とそっくりなのに、」 「でも今回はクルーはほとんどいないから、その分は補わないとね」 「進歩してるってわけだ」